السبت، 16 يناير 2010

人間の胎児の発育について


A)人間の胎児の発育について:
クルアーンの中では。
人間の胎児の発育段階について次のように記述されている。

われは泥の精髄から人間を創った。
そしてわれは彼を一滴の精液として、堅固な住みかに納めた。
それからわれは、その精滴から一個のアラカ(ヒル、釣り下がったもの、血の塊の意)を創り、そのアラカからムドゥガ(噛み潰したもの)を創り...(以下略)(クルアーン 23:12-14)

アラビア語のアラカという言葉には3つの意味がある。
すなわち(1)ヒル(2)釣り下がったもの(3)血の塊、である。

アラカの段階にある胎児をヒルと比較すると、図1に示されるように両者に形状の点での類似性が見られる。
またこの段階にある胎児は母親の血液から栄養を摂取するが、ヒルも同じように他の生物の血を吸って生きる糧としている。

図1:ヒルと、アラカの段階における人間の胎児の形状の類似性。
(ヒルの図の出典:Human Development as Described in the Quran & Sunnah(クルアーンとスンナの中で描かれている人間の発育),Moore & others, p.37及びIntegrated Principles of Zoology(動物学における完全な法則),Hickman & othersから一部修正。
胎児の図の出典:The Developing Human(邦訳「ムーア人体発生学」), Moore & Persaud,5th ed., p.73)

アラカという言葉の2つ目の意味は「釣り下がったもの」である。
図2と図3に示されるように、アラカの段階にある胎児は母親の子宮内で釣り下がった状態にある。
図2:胎児はアラカ の段階にあるとき、母親の子宮内で釣り下がった状態にある。
(The Developing Human(邦訳「ムーア人体発生学」), Moore & Persaud, 5th ed., p.66)


図3:アラカの段階にある胎児(約15日目、Bの矢印)が母親の胎内で釣り下がった状態にあることを示す顕微鏡写真。
胎児の実際の大きさは約 0.6 mmである。
(The Developing Human(邦訳「ムーア人体発学」,Moore,3rded.,p.66,from Histology, Leeson & Leeson
)

そしてアラカの3つ目の意味は、(血の塊)である。
アラカの段階での胎児の外観とその胎嚢は、血の塊と酷似している。
それはこの段階の胎児には、相対的に見て多量の血液が存在しているためである(図4を参照)。
またこの段階においては胎児の中の血液は循環せず、その状態は第3週目終盤まで継続する。
このような理由からも、この段階での胎児は血の塊に類似していると言える。

図4:アラカの段階にある胎児の初期循環器系図。
胎児の外観とその胎嚢は、胎児の中に相対的に見て多量の血液が含有されていることにより、血の塊と酷似している。(The Developing Human(邦訳「ムーア人体発生学」), Moore,5th ed.,p.65)

このようにアラカという言葉の持つ3つの意味は、アラカの段階にある胎児の諸特徴と正確に一致している。

さて、クルアーンの中に記述されている2番目の胎児の発育段階はムドゥガである。
アラビア語の ムドゥガは、「噛んだもの」を意味する。
口の中に入れて噛んだガムと、ムドゥガの段階にある胎児の形状を比較してみよう。
両者の間に外観上の類似性が認められるであろう。
これは胎児の後背部の体節の形状が、噛み潰したものに付いた歯形と若干似ていることによるためである(図5と図8を参照)。

図5:ムドゥガの段階(28日目)にある胎児の写真。
この段階の胎児は何か噛み潰した物体のように見えるが、それは胎児の後背部にある体節が歯形と若干似ているからである。
胎児の実際の大きさは 4 mm。
(The Developing Human(邦訳「ムーア人体発生学」),Moore & Persaud,5th ed.,p. 82,写真は京都大学西村秀雄教授より転用)

図6:ムドゥガの段階にある胎児の外観と噛み潰したガムを比べると、両者に類似点があることが分かる
A)ムドゥガの段階にある胎児の図。
胎児の後背部の体節が歯形のように見える。
(TheDeveloping Human(邦訳「ムーア人体発生学」),Moore&Persaud,5thed.,P.79)
B)噛み潰したガムの写真


ムハンマドはどのようにして、1400年も前にこのような事実を知りえたのだろうか。
これらの知識は、科学者がその当時存在しなかった精密機器や高性能顕微鏡を駆使して、近年になって初めて発見したものなのである。
ハムとレーウェンフックは改良された顕微鏡を用いて精細胞(精子)を観察した最初の科学者であるが、これは1677年のことで、実にムハンマドの時代から既に1000年も後のことなのである。
しかも彼らは精細胞の中には人間の形のミニチュアが既に保存されていて、それが女性の生殖管に挿入されると成長し始めるのだと誤解していた。

キース・ムーア(Keith Moore)名誉教授は、解剖学と発生学の分野で世界的に最も高名な科学者であり、The Developing Human (邦訳「ムーア人体発生学」医師薬出版)の著者である。
科学的に卓越した参考文献とみなされているこの著書は8ヶ国語に翻訳されており、米国の特別委員会において単独の著書による、最優秀著作品に選ばれた。
彼はカナダのトロント大学の解剖学・細胞生物学の名誉教授で、同大学の医学部で基礎科学の副学部長を務め、解剖学科の主任教授を8年間務めた。
また1984年には、カナダの解剖学の分野で最も優れた賞であるJ.C.B大賞をカナダ解剖学者協会から授与され、更にはカナダ・米国解剖学者協会や生命科学連盟委員会など、同分野における多くの国際的組織を指導する役割を担ってきた。

1981年、サウジアラビアのダンマーンで開催された第7回医学会議で、ムーア教授は次のように述べた。

「人間の発育に関してクルアーンの中で述べられていることを解明する手助けをすることは、大変喜ばしいことだ。
これらの言葉が神からムハンマドに伝達されたということは、明白であると思う。
これらの知識は全て、何世紀も後になって初めて発見されたものなのだ。
私はこの事実が、ムハンマドが神の使徒であったに違いないことを示していると思う。」

このコメントの後、ムーア教授は次のような質問を受けた。
「ということは、あなたはクルアーンが神の御言葉であると信じるのですか。
」すると彼は答えた。
「そうとらえるのは難しいことではありませんね。」

またムーア教授は別のある会議で次のように述べている。

「…人間の胎児の発育段階区分は、そこにおいて変化する過程が連続しているため複雑なのである。
それゆえクルアーンとスンナ(ムハンマドの言行、及び彼が承認したこと)の中で示されている用語を使って、新しい区分体系を開発するのはいかがだろうか?そこで提案された区分体系はシンプルかつ包括的であり、現代の発生学の知識と適合している。
過去4年間クルアーンとハディース(預言者ムハンマドの教友たちが彼の言行や承認したことを伝えた伝承録)を徹底的に研究した結果、人間の胎児の発達段階を分類する体系が明らかになったが、それが既に7世紀の昔に記録されたことは驚くべき事実である。
発生学の創始者であるアリストテレスは、紀元前4世紀に鶏の卵の研究を通じてヒヨコの胚が段階的に発育することを知っていたが、その段階の詳細にまでは触れなかった。

発生学の歴史で知られていることに限れば。
人間の胎児の発達段階とその分類は、20世紀になるまでは殆ど解明されていなかったのだ。
このことから、人間の胎児に関するクルアーンの説明は7世紀当時の科学的知識に基づいていたとは考えられない。
唯一理にかなった結論は。
これらのメッセージが神からムハンマドに啓示されたということだけである。
彼は科学的な教育を全く受けたことのない文盲であり、このように詳しいことまで知りえたはずがなかったのだ。」
イサーム ガラール

イスラームの直実の証し

神は数多くの奇跡や証拠をもって、預言者ムハンマドが神から遣わされた真実かつ最後の預言者であることを示した。
また同様に神は最後の啓典である聖クルアーンについても数多くの奇跡をもって、それが神によって啓示された言葉であり、決して人間が書いたものではないことを証明した。
本章ではその証しについて取り上げる。

(1)科学的視点から見た聖クルアーンの奇跡
神の言葉クルアーンは、天使ジブリール(ガブリエル)を通じて預言者ムハンマドに啓示された。
ムハンマドはそれを口頭暗記した後、教友たちに伝えた。
そして今度は彼らがそれを暗記し書面に残し、ムハンマドの前でその正誤の確認をした。
更にムハンマドは毎年一度天使ジブリールの前でクルアーンを復唱し、彼が亡くなる年にはそれを2度繰り返している。クルアーンが啓示されてから現在に至るまでいつの時代にも、クルアーンを一字一句抜かすことなく全暗記した数あまたのムスリムが存在していた。
その中には10歳に満たずしてクルアーンを全暗記した者たちすらいる。
クルアーンは何世紀にも渡って一字たりとも改変されてはいないのだ。

クルアーンは1400年前に啓示された。
にも関わらず、そこには近年になって初めて科学者によって発見され証明された事実が記述されている。
この事は紛れもなく、クルアーンが神によって預言者ムハンマドに啓示された神の言葉であり、ムハンマド自身や他の人間によって創作されたものでないことを証明している。
そしてまたそれは、預言者ムハンマドが神から遣わされた真の預言者であることの証明でもある。
1400年も前に生きた人が、近年になって初めて精密機械や高度な科学的手段によって発見され証明された事実を知りえたとは到底信じがたいのである。
そのいくつかの科学的事実について考察していこう。
イサーム ガラール

イスラームの 基本的信仰

1)神への信仰
ムスリムは、唯一絶対で何ものにも比べざるところの神を信じる。神は息子も配偶者もなく、かれの他に崇められる権利を有するものは誰1人としていない。
かれこそが真の神であり、他の神格は全て偽物である。
かれは最も崇高な御名と畏敬すべき完璧な属性を有している。神の神格や属性を侵すものは何1つとしてない。
クルアーンの中で、神は自らについてこう述べている。
言ってやるがよい。
“かれこそは神、唯一なる御方である。かれは自在され、全ての創造物はかれによって存在する。
お産みなさらないし、お産れになられたのではない。
かれに匹敵する何ものもない。” (クルアーン 112:1-4)

アラビア書道で書かれたクルアーン112章

その唯一神の他に、礼拝、祈願、崇拝の対象となるにふさわしいものは何1つとしてない。

その神だけが全能者、創造者、統治者、そして全宇宙の万物の維持者である。
全ての物事はかれの管理下にあり、かれは自らの創造物から何も必要としないが、全ての創造物はあらゆる面においてかれを必要としている。
かれはあらゆることを聞き、見、知っている。
かれの叡智は完璧であり、公のことも秘められたことも、全てを包含する。
かれは過去に起こったことも、これから起こることも、それがどのように起こるかも 全て熟知している。
世界中のあらゆる出来事は、全てかれの意志に基いて起こる。
かれが望むことは全て現実化し、望まないことは決して起こらない。
かれのご意思はあらゆる創造物の意志を凌駕している。
かれは万物を支配し、全能である。かれは最も恵み深く、慈悲あまねく慈愛深い御方である。預言者ムハンマド の言葉によると、神の慈悲は母親の子に対するそれよりももっと深い。
(注1)神は不正や暴虐とは無縁であり、その全ての裁決と実行において英明である。
誰でも何かを祈願したい者は、かれとの間にいかなる仲介者を置くことなく、かれに直接訴えかけることができる。

神はイエスではなく、イエスは神ではない。(注2)イエス自らもこのことを否定している。クルアーンの中にはこうある。

“神こそは、マリアの子メシア(イエス)である”と言う者は、実に不信仰者である。メシアはこう言ったのだった。“イスラエルの子らよ、私の主であり、あなたがたの主である神を崇めなさい。”およそ神に何ものかを並べて拝する者は天国の楽園を禁じられ、その行き先は地獄の業火となる。不義を行う者には、(注3)いかなる援助者もないのである。 (クルアーン 5:72)

神は三位一体ではない。またクルアーンの中で神はこうも語っている。

“神は三位の一つである”などと言う者は、実に不信仰者である。唯一の神の他に神はないのだ。もしかれらがその言葉を止めないなら、かれら不信仰者には、必ず痛ましい懲罰が下るであろう。彼らは何故、悔悟して神に御赦しを求めないのか。誠に神は寛容にして慈悲深くあられる。マリアの子メシア(イエス)は一人の使徒に過ぎない... (クルアーン 5:73-75)

イスラームは、神が万物創造の第7日目に休息したこと、神が使徒の1人と取っ組み合いをしたこと、神が人間に嫉妬して 陰謀をはたらくこと、神が人間の姿をしていることなどを全て否定している。またイスラームでは神に人間と同様の属性を与えることを否定する。これらはすべて神への冒涜である。神は至高であり、あらゆる非完全性か ら無縁なのだ。かれは疲れることもなく、まどろむことも眠ることもない。

アラビア語のアッラー は神(全宇宙を創造した唯一の、真なる神)を指す。
この アッラー という言葉は神の名前であり、ムスリムであろうとキリスト教徒であろうと、アラビア語を話す人々は神をこう呼ぶ。この言葉は、唯一の真なる神以外に対して使われることはない。
アラビア語の アッラーという言葉はクルアーンの中で約2700回出現する。アラビア語と 近縁で、イエスの話していた言葉であるアラム語でも、(注4)神はアッラーと呼称されている。

2)諸天使への信仰
ムスリムは天使が実在すること、そして彼らが高貴な創造物であることを信じている。
天使は神だけを拝し、かれに服従し、かれの命令によってのみ行動する。
ガブリエルもこうした天使のうちの1人で、ムハンマドにクルアーンを伝達する役割を担ったのは実に彼である。

3)諸啓典への信仰
ムスリムは、神が人類への証しと導きとして諸預言者に啓典を下したことを信じる。これらの啓典の1つがクルアーンで、それは神が預言者ムハンマドに啓示したものである。
神はクルアーンが、あらゆる改ざんや歪曲から守られることを保障している。
神はクルアーンの中でこう宣言した。

本当にわれこそは、その訓戒(クルアーン)を下し、必ずそれを(改ざんから)守護するのである。
(クルアーン 15:9)

4)諸預言者・使徒への信仰
ムスリムは、アダムから始まり、ノア、アブラハム、イシュマエル、イサク、ヤコブ、モーゼ、イエス(彼らに平安あれ)らがその系譜につながるところの、神の遣わした諸預言者と諸使徒を信じている。
そして神はその永遠のメッセージを再確認するものとして、人類に対する最後のメッセージを啓示した。
それこそが預言者ムハンマドにくだったものである。
ムスリムはムハンマドが神から遣わされた最後の預言者であると信じている。
クルアーンの中にはこうある。

ムハンマドは、あなたがたの誰の父親でもない。
しかし彼は神の使徒であり、預言者たちの封緘(ふうかん)なのである... (クルアーン33:40)

ムスリムは、これら諸預言者・諸使徒が全て被造物の人間に過ぎず、神格などは有していないと信じている。

5)審判の日への信仰
ムスリムは、審判の日(復活の日)を信じる。それは全ての人々がその信仰と行いによって神の裁きを受けるため、蘇らされる日のことである。

6)天命への信仰
ムスリムはカダル(神によって定められた天命)を信じる。
しかしこのことは、人間が自由意志を持たないということを意味するのではない。
むしろ、ムスリムは神が人間に自由意志を与えたことを信じている。すなわち、人間は善悪を 判断することができ、自らの選択に責任を持つということである。

天命への信仰は、次の4つのポイントを信じることが含まれる。1) 神は過去も未来も全て知っている。2) 神は過去に起こったこともこれから起こることも全て記録している。3) 神が望むことは起こり、神が望まないことは実現しない。4) 神は万物の創造主である。

イサーム ガラール

聖典はあるだろうか

クルアーンの以外に
イスラームの典拠は存在するか?
スンナ(預言者ムハンマドの言行、あるいは黙認事項)イスラームにおける第2の典拠である。
スンナはハディースから成立したもので、これは預言者ムハンマドの教友が彼の言行及び黙認事項を確かな伝達経由をもって記録したものである。
スンナを信じることはイスラームの信仰の基本の1つである。
イサーム ガラール

預言者ムハンマドの言葉

n{信者たちは、互いの愛情、慈悲、同情心において1つの肉体のようなものである。
一箇所でも具合が悪ければ、体の他の全組織が熱と不眠に冒されながら彼を気遣うのだ。}(注1)
n{信仰において最も完成された信者とは、道徳心の最も優れた者である。
その中で最も優れた者は、彼らの妻に対して最もよい者である。}(注2)

n{自分が望むことを自分の同胞に対しても望むようになるまでは、本当の信者であるとは言えない。}(注3)

n{慈悲深い者は最も慈悲深いお方から慈悲を恵まれる。地にあるものに慈悲深くあれ。そうすれば神があなたに慈悲深くあるだろう。}(注4)

n{同胞に微笑むことは施しである..}(注5)

n{よき言葉は施しである。}(注6)

n{神と審判の日を信じる者は、隣人に親切であるべきである。}(注7)

n{神はあなたを姿形や財産から判断するのではない。あなたの心と行いを見るのである。}(注8)

n{働く者にはその汗の乾かないうちに賃金を払いなさい。}(注9)

n{或る男が道を歩いてる時、喉の渇きに襲われた。
すると井戸を見つけたのでその中に降り、水を飲んだ。
そこから出てみると、犬が乾きのために舌を出し、ハアハア言いながら泥を食べていた。
男は言った。
「この犬も喉が渇いているのだな。
自分がそうだったように。」そして井戸の中に降りると、靴に水を満たし、それを犬の口のところに持っていって飲ませた。
アッラーは彼に報奨を与え、そして彼の罪を赦した。
人々は言った。「預言者よ、畜獣にも報奨があるのですか?」預言者は言った。
「全ての生きとし生けるものには報奨がある。」}(注10)
脚注:
(注1)Saheeh Muslim(サヒーフ・ムスリム), #2586 and Saheeh Al-Bukhari(サヒーフ・アル=ブハーリー), #6011。
(注2)Mosnad Ahmad(ムスナド・アフマド), #7354 and Al-Tirmizi(スナン・アル=ティルミズィー), #1162。
(注3)Saheeh Al-Bukhari(サヒーフ・アル=ブハーリー), #13 and Saheeh Muslim(サヒーフ・ムスリム), #45。
(注4)Al-Tirmizi(スナン・アル=ティルミズィー), #1924 and Abu-Dawood(スナン・アブー・ダーウード), #4941。
(注5)Al-Tirmizi(スナン・アル=ティルミズィー), #1956。
(注6)Saheeh Muslim(サヒーフ・ムスリム), #1009 and Saheeh Al-Bukhari(サヒーフ・アル=ブハーリー), #2989。
(注7)Saheeh Muslim(サヒーフ・ムスリム), #48 and Saheeh Al-Bukhari(サヒーフ・アル=ブハーリー), #6019。
(注8)Saheeh Muslim(サヒーフ・ムスリム), #2564。
(注9)Ibn Majah(スナン・イブン・マージャ), #2443。
(注10)Saheeh Muslim(サヒーフ・ムスリム), #2244 and Saheeh Al-Bukhari(サヒーフ・アル=ブハーリー), #2466。
イサーム ガラール

イスラームにおける審判の日とは

キリスト教徒と同様、ムスリムは現世というものが来世に対する試験的な準備期間に過ぎないという信仰を持っている。各人にとって、現世での生活は死後の世界のための試練の場である。
全宇宙が破壊するその日がやってくると、死者は神の審判を受けるために復活させられる。
この日全ての者がその信仰と行いに従って神からの報いを受ける。
「アッラーの他に真の神はなく、ムハンマドは神の使徒(預言者)である」と信じて死んだ者はその日報われ、永遠の天国での生活を許される。
クルアーンにはこうある。

そして信仰して善行に勤しむ者は楽園の住民である。
その中に永遠に住むのだ。(クルアーン2:82)

一方「アッラーの他に真の神はなく、ムハンマドは神の使徒(預言者)である」ことを信じることなく死んだ者は永遠に楽園に入ることは許されず、地獄に送られる。
クルアーンにはこうある。

イスラーム以外の教えを追及する者は、決して受け入れられない。
また来世においては、かれらは失敗者の類である。(クルアーン3:85)

信仰を拒否する不信仰者として死ぬ者は、たとえ大地に満ちるほどの黄金でその罪を償おうとも、決して受け入れられない。
これらの者には痛ましい懲罰があり、いかなる援助者もいない。(クルアーン3:91)

ある人はこう思うかもしれない。
「イスラームはよい宗教だと思うが、もしイスラームに改宗すれば、家族や友人や他の人々が私を迫害し、笑いものにするであろう。もしイスラームに改宗しなくても、天国に入ることができるのだろうか?地獄の業火から救われるのだろうか?」

その答えは神が上述の節で仰せられている。
「イスラーム以外の宗教を追求する者は、決して受け入れられない。
また来世においては、失敗者の類である。」

預言者ムハンマドが人々にイスラームに導くために遣わされた後は、神はイスラーム以外の宗教への信奉を認めない。
神は我々の創造者、維持者であり、この地上にあるもの全てを私たちのために創られた。
私たちが手に入れる恩恵とよきものは全て神のおかげなのである。
そのため、神、預言者、イスラームの教えを信じようとしないものは、来世で罰せられる。
実際のところ、私たちが創造された第一の目的は、クルアーン(51:56)にあるように、神だけを崇拝し、かれに服従することである。

この世での人生は非常に短い。
審判の日、不信仰者は現世で送った生活がたった1日か数時間ほどのように感じる。
クルアーンにこうある。

かれ(神)は仰せられよう。
「あなたがたは、地上に何年滞在していたのか。」彼らは言おう。
「一日か、一日の一部分だけです...(クルアーン23:112-113)

またこのような言葉もある。

あなたがたは、われが(目的もなしに)戯れにあなたがたを創ったと思うのか。
またあなたがたは(来世で)われに帰されないと思っているのか。
神は、尊く気高い、真実の王である。
崇められるべきものはかれの他にない...(クルアーン23:115-116)

来世での生活こそが真の生活である。
そこでの生活は精神的なものだけでなく、肉体的でもある。

預言者ムハンマドは現世と来世を比べて次のように言った。
{この世の価値は来世の価値と比べると、ちょうど指を海の中に入れてそれを取り出したときに付着した水滴のような(微々たる)ものである。}すなわち、来世の価値と現世の価値を比べると、まさに大海と数滴の水のような比べようもないほどの大きな差異があるのである。
イサーム ガラール

?ムスリムになるには

一言で言えば、人は「ラー・イラーハ・イッラッラー、ムハンマドッラスールッラー」という言葉を確信を持って証言することによって、イスラームに改宗することができる。
この言葉の意味するところは「神(アッラー)の他に真の神はなく、ムハンマドは神の使徒(預言者)である。」ということである。
最初の部分「アッラーの他に真の神はない」は崇められるべきものはアッラーの他になく、かれには配偶者も子もいないという意味である。
また、ムスリムになるには、次に示すことを受け入れなければならない。

nクルアーンが神によって啓示された神の御言葉そのものであると信じること。

n神がクルアーンの中で約束しているように、審判の日(復活の日)は真実であり、その日の到来を信じること。

nイスラームを自分の宗教として受け入れること。

n神の他にいかなるものも崇めないこと。

預言者ムハンマドの語った言葉に次のようなものがある。
{ある男がラクダに乗って無人の荒野を旅していた。
しかし、ある時そのラクダが、食料と水を背中にくくりつけたまま逃亡してしまう。
男はラクダが戻ってくる希望を失い、木陰に身を横たえて死を待つ。
そのような絶望的な状況にある時、突然ラクダが彼の目の前に現れる。
男は端綱を捕まえ、歓喜の叫びを上げる。
「ああ主よ、あなたこそ私のしもべで、私はあなたの主です!」彼の言い間違いは余りの嬉しさのためであった。
神は、この男がしたような悔悟に対してほどお悦びになられることはない。}

イサーム ガラール

?クルアーンとは何か


最後に啓示された神の御言葉であるクルアーンは、全てのムスリムの信仰と実践の第一の源泉となっている。クルアーンには叡智、教義、崇拝行為、取引、法律など人間の営みに関連するあらゆる事象を包含しているが、その基本的なテーマは神とその被造物である。それと同時に公正な社会、人間にふさわしい品行、平等な経済制度に関する指針と詳細な教えを私たちに示してくれている。

クルアーンが、ムハンマドにアラビア語によってのみ啓示されたことは注目に値する。それゆえ英語であろうとその他の言語にであろうと翻訳されたものは、クルアーンではない。それはクルアーンの訳書ですらなく、単なるクルアーンの解釈本なのである。クルアーンはそれによって啓示されたところのアラビア語で書かれたものだけが、クルアーンとして認められるのだ。
イサーム ガラール

?預言者ムハンマドとは誰か

ムハンマドは西暦570年にマッカ(アラビア半島の1都市)で生まれた。
彼の父は彼が生まれる前に亡くなり、母親も彼の幼少期に亡くなった。
それゆえその後は、マッカに住む高貴な部族クライシュ族の中でも特に敬われていた家系の出身の叔父に育てられた。
彼は読み書きを習わずに育ち、亡くなるまで文盲であった。
彼だけでなく、彼が預言者としての使命を授かる以前から、人々は科学的知識などに対しても無知で、たいていの人々は文盲だったのだ。
ムハンマドは成長するにつれ、正直さや信頼性、寛大さや誠実さといった徳の高さで知られるようになった。
人々の彼に対する信頼の篤さゆえに、「誠実な人」とまで呼ばれるほどであった。
(*注1)また彼は信仰心も非常に強く、当時の社会の退廃と偶像崇拝による堕落に愛想をつかせていた。



天使ガブリエルを通して神から最初の啓示を受けたのは、ムハンマドが40歳の時である。啓示はそれから23年間続き、それらを集大成したものがクルアーンと呼ばれているものである。

クルアーンを唱え、神が啓示した真理を布教し始めるやいなや、彼と少数の信者たちは不信仰者から迫害を受け始めた。迫害が余りにも厳しくなったため、622年に神は彼らに移住するように命じた。マッカの北方約420㌔の位置にあるマディーナへのこの移住が、イスラームで用いられるヒジュラ暦の初年となった。

その数年後ムハンマドと信者たちはマッカに凱旋したが、その際彼らは長年迫害され続けたマッカの不信仰者たちを赦し放免した。63歳でムハンマドが亡くなるまでに、アラビア半島の大部分がイスラーム国家の支配下になり、そして彼の死後100年も経たない内に、イスラームは西はスペインまで、東は中国まで広がった。

イスラームが急速かつ平和裏に広がった理由は、その教えが真実かつ、明快であったためである。イスラームは、ただ崇められるべき唯一の神への信仰を呼びかけている。

預言者ムハンマドは正直で、正義感が強く、慈悲深く、哀れみ深く、思いやりがありかつ、勇敢な人間という1個の完璧な模範である。彼は一介の人間ではあったが、邪悪な性格などからは程遠く、ただ神のため、そして来世におけるその報奨のためだけに奮闘したのである。何はともあれ、彼は全ての行動や取引において、常に神を念頭に起き、かれを畏れていた。
イサーム ガラール

ハディース 

ハディースとは「言われたこと」または「報告」という意味で、一般的な使い方としては、この言葉は預言者ムハンマド(彼に平安あれ)の実践(スンナ)と、彼が実行したことか発言したこと、あるいは他の人物が行うのを容認したことの記録(ハディース)を指します。

「スンナ」というアラビア語は「慣習」の意味です。イスラームで「スンナ」といった場合、一般には預言者ムハンマド(彼に平安あれ)の実践を指します。これについてクルアーンでは次のように述べています。

本当にアッラーの使徒は、アッラーと終末の日を熱望する者、アッラーを多く唱念する者にとって、立派な模範であった。(クルアーン第33章21節)

イスラームにはイバーダ(崇神行為)という言葉があります。それは、あらゆる宗教的な行いを指し、礼拝はもちろん、クルアーンを読むこと、巡礼に行くことのみならず、食べ方、飲み方、生活の仕方といった、私たちの日常の些細なことに至るまで、もし私たちが預言者ムハンマド(彼に平安あれ)のやり方で行えば、その行為そのものが至高のアッラーに対する祈りであるという考え方です。なぜなら至高のアッラーは、ムハンマド(彼に平安あれ)を人類の手本として送られたからです。

使徒に従う者は、まさにアッラーに従う者である。(クルアーン第4章80節)

ですから、ムスリムにとってスンナを守るという行為は、ただ単に1400年前のアラブ人の習慣を真似すると言うことではなく、至高のアッラーを崇拝する行為なのです。

そこで一体何がスンナで、何がそうでないかは重要なことです。スンナは、実際には預言者ムハンマド(彼に平安あれ)が預言者として言ったこと、行ったこと、預言者に接した人々が行うことに対し、預言者(彼に平安あれ)が一部始終をご覧になっていたのにもかかわらず、それを黙認した行いなどです。

預言者ムハンマド(彼に平安あれ)は人が行うべき行為(スンナ)と、そうでないものを区別していました。そしてスンナは預言者の教友が見たものを真似する、または預言者(彼に平安あれ)の指示などによって人から人へ伝えられました。

預言者(彼に平安あれ)が何か言ったり行動したりしたことを見聞した教友は、それを他の人に伝え、さらにそれを聞いた人は次々と他の人々に伝えました。後世になって、多くのハディースが編纂されたとき、その一つ一つは伝承者によって、例えば「アッラーの使徒はこのように言われたとアブー・フライラが言ったのをAが聞き、それをまたAからBが聞いたとCが言っている・・・」という具合で、本文がその後にきます。このようなやり方で、ハディースは伝えられています。

イスラームの初めから、教友たちは預言者(彼に平安あれ)を模範とし、その道を歩むために彼の言行を一生懸命に学びました。

預言者(彼に平安あれ)の死後、イスラームの勢力が遠く離れた地まで広がったとき、新しく入信した者たちは同じように預言者(彼に平安あれ)について全てのことを知り、彼を模範にしようと強く願っていました。教友たちは新しい信者たちから預言者(彼に平安あれ)について熱心に質問され、時が経つにつれて預言者(彼に平安あれ)に関する多くの資料が広く一般に知れ渡りました。それが人々の口から口へと広く伝えられるようになり、ある人たちは自分たちが使う目的で小さなハディース集を作りました。これらはまだ本とは呼べないほどのものでしたが、その内容は後に作られた本に加えられました。

ハディースは全てその伝承者と同時に、それを裏付ける内容が伴わなくてはなりません。現代では権威あるハディース集が多く印刷されていて、広くこれを求めることができるので、伝承の信頼性については何も気を使わずにハディースを引用することができます。ハディースの例を一つ見てみましょう。

信者たちの長(カリフのこと)、ウマル・ビン・ハッターブ(アッラーが彼にお喜びであられますように)の権威によると、アッラーの御使い(彼に平安あれ)はこう言われた。

行為とは、意志に基づくものであり、人は皆、自らの意思した事柄の所有者である。したがってアッラーとその預言者のために聖遷に参加した者は、アッラーとその預言者のために聖遷を行ったのであり、現世の利益、結婚相手の女のために聖遷に加わった者は、それらのために聖遷を行ったのに過ぎない。

このハディースは、ハディース学の大家である二人のイマーム、アブー・アブドゥッラー・ムハンマド・ビン・イスマーイール・ビン・イブラーヒーム・ビニル・ムギーラ・ビン・バルディズバ・アル・ブハーリーと、アブル・フサイン・ムスリム・アル・クシャイリー・アンナイサーブリーの各「サヒーフ」中に記載されています。ちなみにこの両「サヒーフ」は、伝承集の中で最も信頼性の高いものだという評価を受けています。

このように、ハディースは本文とその伝承者の系列、信頼度などが一まとめになっています。これらの伴わない伝承はハディースとは言いません。

イスラームにおいては、まず第一にクルアーンがイスラーム法の基本精神で、次にスンナがその具体化です。例えて言えばクルアーンは憲法で、ハディースは民法や刑法などの一般の法律です。例えばクルアーンの中に「礼拝を確立せよ」というくだりが何回も出てきますが、実際の礼拝の詳しいやり方はありません。それらは全てハディースの中にあるのです。預言者ムハンマド(彼に平安あれ)は人類の手本なのです。クルアーンがどういう意味かを解説したのがハディースです。このことは預言者の教友たち、全てのイスラーム法学者、そしてそれらの後継者である全てのムスリム世代が認めています。

ハディース集はたくさんありますが、最も権威あるハディース集は次の二つです。

1、『サヒーフ・ブハーリー』ブハーリー(イスラーム暦194年~256年)編

2、『サヒーフ・ムスリム』ムスリム(イスラーム暦202~261年)編

さらに次の四冊も権威あるものとして認められていて、前記の二冊を加えて「六冊の正統ハディース集」と呼ばれています。

3、『アブー・ダーウード』アブー・ダーウード(イスラーム暦202~275年)編

4、『ティルミズィー』ティルミズィー(イスラーム暦~279年)編

5、『ニサーイー』ニサーイー(イスラーム暦215~303年)編

6、『イブン・マージャ』イブン・マージャ(イスラーム暦209~273年)編

この「六冊の正統ハディース集」を含めて、全てのハディース集は編集者の独自の判断により作成されたもので、学会や教会などの組織の力で作られたものではありません。これは、イスラームではそのようなものに対して権威を与える組織など存在しないからです。

全てのハディースは厳しく調べられ、イスラーム社会で認められて初めて権威あるものとして認められたのです。他のハディース同様、『サヒーフ・ブハーリー』や『サヒーフ・ムスリム』にも、この方法が使われました。

預言者ムハンマド(彼に平安あれ)についての膨大な言い伝えや記録の信頼性を判定するため、特定の基準が定められています。例えばブハーリーは『サヒーフ・ブハーリー』の編纂にあたって60万ものハディースを集めましたが、厳しく審査し、わずか7275だけを取り入れました。このように、膨大な数のハディースが信頼性が低いとしてハディース学者の手によって捨てられました。そのようにして、ハディース学という研究が徐々に発展していき、それぞれの伝承の信頼性を判定するための基準が定まっていきました。

例えば、第一に、ハディースは多くの伝承者のつながりが最終的にはそのことを預言者から直接見聞きしたという人までさかのぼっていること、第二に、その伝承者のつながりの中で、それぞれの人物の確かさ、人格、行動、記憶力の正確さ、見聞きしたことに対する理解力、信頼性、教養などについて十分に調査してあることなどです。

何千人という多くのハディース学者たちが、預言者(彼に平安あれ)の原稿を伝えた人たちの生涯についてのあらゆる情報を一生をかけて集めました。預言者(彼に平安あれ)のハディースに関する報告をこれほどまで厳しく審査したのは、イスラームの真の教えを知るために当然のことです。

審査の基準について、クルアーンでは次のように述べられています。                   
信仰する者よ、もし邪悪な者が情報をあなた方にもたらしたならば、慎重に検討しなさい。(クルアーン第49章6節)

ハディースはその信頼度によって、普通次の三つのグループに分けられています。
(1) サヒーフ(信頼度:優)
(2) ハサン(信頼度:良)
(3) ダイーフ(疑わしい)
ブハーリーとムスリムが認証したハディースは全てサヒーフだと言われています。また、ブハーリーとムスリムが集めたものでなくても、この二人のハディース学者の一方か両者が定めた条件を満たしたものも、サヒーフとされます。

ハサンとされるハディースは、その出典の根拠がよく知られており、伝承者が信頼できる人として人々に知られており、また伝達された話をほとんどの学者が認め、法学者、裁判官、法律家などが使ったものです。

ハサンのハディースは、法律学のイスラーム方式での法的決定の有効な根拠として認められています。一方ダイーフのハディースはそうではありません。しかし、ダイーフのハディースの全てが否定されるわけでもありません。ダイーフの中でも、人々に善行を勧めたものや、信頼度の高いハディースに述べられているある事件に付随したことについて語っているものは、採用される場合もあります。アブー・ダーウードという学者は、自分が扱った何かのことを証明するのに、ほかに何も資料がないときには、しばしばダイーフのハディースを引用しています。
ハディースからの抜粋

イブン・ウマルは語っている。アッラーの御使い(彼に平安あれ)はおっしゃった。

イスラームは五つの柱からなっている。

(1) 「ラー・イラーハ・イッラッラー、ムハンマド・ラスールッラー(アッラーのほかに崇拝に値する
ものはなく、ムハンマドはアッラーの使徒である)」と証言すること

(2) 礼拝を確立すること
(3) ザカートを支払うこと
(4) ハッジを行うこと
(5) 断食を行うこと
アブー・フライラが語っている。預言者(彼に平安あれ)は言われた。
信仰には60以上の部門がある。そしてアル・ハヤー(慎み・謙虚さ)は信仰の一部である。

アブー・フライラが語っている。預言者(彼に平安あれ)は言われた。

宗教は非常に易しい。誰でも自分の能力以上の重荷を課す者はその道を続けることができなくなる。だから極端であってはならない。完全にできるように努力し、報奨への吉報を受けなさい。そして朝、午後、夜の最後に礼拝し続けることによって、強さを得なさい。

アブー・サイード・アルクドリによって語られている。アッラーの御使いはおっしゃった。

もし人が真剣にイスラームを受け入れたなら、アッラーは彼の以前の罪を全て許して下さる。そしてその後は清算をやり直し、おのおのの善行に対しては七百倍の報奨を与えられ、悪行に対してはそのままである。しかしアッラーがお許しになれば別である。

ムアーズ・ビン・ジャバルによって伝えられている。アッラーの御使いはおっしゃった。

「ラー・イラーハ・イッラッラー(アッラーのほかに崇拝に値するものはない)」と信仰告白することは天国の鍵をもたらす。
イサーム ガラール

クルアーンとハディースについて

慈悲あまねく慈悲深きアッラーのみ名において
クルアーン
ムハンマド(彼に平安あれ)が40才に達したころ、彼はその正直さと親切心により、出生地マッカの住民に信頼され深く愛されていました。愛する妻子に囲まれ、楽しく恵まれた生活でしたが、そこには心のいらだちが一抹の影を落としていました。
 自部族の偶像崇拝とそれにまつわる下劣な慣習などにうんざりし、社会的退廃に悩んでいたのです。そこで彼はマッカに近いヒラーの洞窟にこもるようになりました。
 ある夜のこと、いつものように彼が洞窟にこもって一心に唯一の神に祈っていると、突然大天使ジブリール(ガブリエル)が出現し、彼に「読め」と命じました。おそれおののいた彼は「読むことができません」と答えましたが、天使はまだ「読め」と言います。三度目に同じ答えを返すと天使は彼を強く抱きしめ、こう言いました。
読め、「創造されるお方、あなたの主の御名において。
一凝血から、人間を創られた。」
読め、「あなたの主は最高の尊貴であられ、
筆によって(書くことを)教えられた御方。
人間に未知なることを教えられた御方であられる。」
(クルアーン第96章1~5節)

この言葉を最初として、西暦610年に預言者ムハンマド(彼に平安あれ)に対するクルアーンの啓示が始まったのです。至高のアッラーの啓示は、その後ムハンマド(彼に平安あれ)が西暦632年にこの世を去るまでの23年間にわたって続きました。

この啓示は一冊の本となり、世界の歴史に基本的かつ重大な影響を与えてきました。他のどんな本も、これほど多くの人々にこれほど永い年月にわたって人間の基本的な問い、すなわち「人間はなぜ生まれてきたか」「人生の目的とは何か」「人はどのように生きればよいか」などに対して、これほど明確な回答を与えていません。クルアーンは、今なお十億の民を導くイスラームの最も重要な啓典であり、至高なるアッラーの恵みの現れであり、全人類への導きと知恵を美しく表わす至高のアッラーのお言葉なのです。

 人類を含めた世界中のあらゆるものを創造されたのは唯一の神で、それをアラビア語でアッラーといいます。至高なるアッラーは、人間を創造した後で放っておかれはしませんでした。人間を導かれるために、それぞれの時代に、それぞれの民族に使者を送られました。彼らを預言者(アラビア語でナビー)と言います。預言者の中には何人か至高なるアッラーの啓典をもらった人もいます。預言者の中で啓典をもらった人々を特に使徒(アラビア語でラスール)といいます。啓典の中で、有名なものにムーサー(モーゼ・彼に平安あれ)のタウラート(トーラー)、ダーウード(ダビデ・彼に平安あれ)のザブール(詩編)、イーサー(イエス・彼に平安あれ)のインジール(福音書)などがあります。預言者ムハンマド(彼に平安あれ)は最後の預言者であり、クルアーンは最後の啓典であり、全人類に対する導きなのです。

 クルアーンとはアラビア語で「読誦するもの」という意味です。クルアーンは至高なるアッラーから大天使ジブリールを通じて預言者ムハンマド(彼に平安あれ)へと啓示されました。ですから初期のムスリムたちにとって、クルアーンとは声に出して読むものであり、暗記することがあたりまえでした。現在でも世界中のムスリムたちは、クルアーンを読誦することに喜びを感じています。それは詩でも歌でもなく、しかしその旋律は聴く者の心を惹き付けるのです。預言者ムハンマド(彼に平安あれ)がマッカで反対者に迫害されていたとき、イスラームの敵でさえも、クルアーンの美しさを認めていました。

 ムハンマド(彼に平安あれ)がいた当時のアラブ社会は、当時の文明国だった東ローマ帝国やペルシャ帝国に比べて非常に遅れていました。けれどもそんな中でも唯一、文学だけは発達しており、多くの者が文盲であったにもかかわらず、詩や物語を愛好し、家族や親戚や仲間たちと集まった時はお互いに朗唱し、また競ったりしていました。最優秀作品は、カアバ神殿の壁に貼りだされました。

 アッラーはクルアーンでこう語っておられます。
もしあなた方が、わがしもべ(ムハンマド)に下した啓示を疑うならば、それに類する一章でも作ってみなさい。もしあなた方が正しければ、アッラー以外のあなた方の証人を呼んでみなさい。もしあなた方が出来ないならば、いや、出来るはずもないのだが、それならば、人間と石を燃料とする地獄の業火を恐れなさい。
(クルアーン第2章23~24節


クルアーンの章の中には、わずか三節しかないものもあります。預言者ムハンマド(彼に平安あれ)と同時代の人々の中には、アラビア語と文学の大家として知られた人たちがいて、この挑戦に応えようとしたのですが、その内容と表現力においてクルアーンと同様のものをわずか数節さえも作ることができなかったのです。

 クルアーンは預言者ムハンマド(彼に平安あれ)の人生とともに啓示されました。なにか出来事が起こると、それに対してアッラーの回答としてクルアーンの一節が下る、というのが常でした。にもかかわらず、クルアーンは、その内容が首尾一貫していて、どの部分も互いに矛盾することが決してありません。 少しも曲ったところのない、アラビア語のクルアーンで、必ずかれらはわれを畏れること(を知る)であろう。
(クルアーン第39章28節

クルアーンは預言者ムハンマド(彼に平安あれ)に啓示されて以来、一言一句たりとも変わっていません。以前の諸啓典は、宗教の戒律を嫌う人々によって書き換えられたり、失われたりして、きちんと伝わりませんでした。しかし、クルアーンは現在にいたるまで、預言者ムハンマド(彼に平安あれ)が啓示を受けたときのままです。それは次の様な過程をへて伝えられたからです。

(1) 預言者ムハンマド(彼に平安あれ)は、天使ジブリールのもたらした啓示を完全に記憶するまで復唱させられ、その啓示の挿入する場所をはっきりと示されました。クルアーンの章節の順序は、啓示された時期とは関係なく、アッラーの定めた順序に従っています。

(2) 預言者ムハンマド(彼の平安あれ)は読み書きができなかったので、アッラーの啓示を受けるとすぐ、読み書きのできる教友にそれを書き留めさせました。筆記者がそれを読み返し、預言者(彼に平安あれ)の校正を受けてから、預言者(彼に平安あれ)の指示によって啓示は所定の場所におさまりました。

(3) 預言者ムハンマド(彼に平安あれ)の存命中にすでにクルアーン全巻を暗記していた5人の教友がいます。彼らはムアーズ・ビン・ジャパル、ウバーダ・ビン・サーミト、ウバイ・ビン・カアブ、アブー・アイユーブ、アブー・ダルダー(彼ら全てにアッラーのお喜びがありますように)です。

(4) ヤマーマの戦いにおいて、多くのクルアーン暗記者が戦死し、純粋なクルアーンが失われてしまうことを危惧した二代カリフ(預言者の後継者)ウマル・ビン・ハッターブ(彼にアッラーのお喜びがありますように)は、初代カリフのアブー・バクル(彼にアッラーのお喜びがありますように)にクルアーンを一冊にまとめることが急務であることを提案しました。そこでアブー・バクルは主だった教友たちと相談してから、啓示の主任筆記者であったザイド・ビン・サービト(彼にアッラーのお喜びがありますように)にクルアーンの全巻を集めるように命じました。準備が整ったとき、預言者ムハンマド(彼に平安あれ)のおられた時とまったく同じようにクルアーンを一冊にまとめるための監修委員会が設けられ、クルアーンの全巻が集められました。この基本テキストは、クルアーンを書き留める作業をしていた五人を含めた多くの教友たちの校正を受け、完全だと確認されました。この原本は預言者(彼に平安あれ)の未亡人で二代カリフ・ウマルの娘ハフサ(彼女にアッラーのお喜びがありますように。彼女自身がクルアーン暗記者でした)のもとで保管されました。

(5) 第二代カリフ・ウマル(彼にアッラーのお喜びがありますように)は、イスラーム圏全土にわたってクルアーンを教える学校を設立しました。そのうちの一つダマスカスのモスクで、アブー・ダルダー(彼にアッラーのお喜びがありますように)は1600人の生徒に教えていました。また、カリフは地域の総督に、クルアーンの全章句を暗唱できる者を教師としてマディーナへ派遣することを要請しましたが、これに対して、たとえばイラク総督のサアド・ビン・アビー・ワッカース(彼にアッラーのお喜びがありますように)は「そういった者は300人もいる」と返事をしています。

(6) 第三代カリフ・ウスマーン・ビン・アッファーン(彼にアッラーのお喜びがありますように)の時代には、イスラーム地域の拡大にともない、アラブ人以外の入信者が増え、かれらのクルアーンの発音はゆがめられていました。これを正すため、ウスマーン(彼にアッラーのお喜びがありますように)は博学の教友たちの意見を聞き、ザイド・ビン・サービト(彼にアッラーのお喜びがありますように)を中心とする四人の委員会を設けました。ハフサ(彼女にアッラーのお喜びがありますように)の保管する原本の正確な写本を帝国全土に配り、預言者の読唱と同一のクライシュ語が使われるよう、定めました。クルアーンを正しく読むために後世になって挿入された正字法(発音記号)は別として、現在出版されているクルアーンの内容は、預言者ムハンマド(彼に平安あれ)が伝え、ウスマーンと預言者の教友たち(彼らにアッラーのお喜びがありますように)が配布したクルアーン全巻の正本とまったく同じです。

そして、現在まで多数のムスリムがこれを暗記しています。世界中には数えきれないほど多くのクルアーン暗記者がいます。

 これらの事実から多くの学者はクルアーンが、預言者ムハンマド(彼に平安あれ)が書き留めさせ、配列を指定した通りのものであると認めています。全ムスリムや学者、違う派の人間までもが、クルアーンのオリジナリティーを確証しています。すなわちクルアーンには何も書き加えられず、何も削除されず、どんな改ざんもされていないのです。それは歴史的な事実なのです。まさにクルアーンの純正さの守護は、至高なるアッラーご自身によって約束されているとおりです。

本当にわれこそは、その訓戒を下し、必ずそれを守護するのである。
(クルアーン第15章9節


クルアーンは114の章に分かれ、それぞれに名前がついています。例えば「純正章」はアッラーの唯一性を扱っているからです。114章のうちの93章はマッカで、21章はマディーナで預言者(彼に平安あれ)に啓示されたものです。最も短い章(第103、108および110章)はそれぞれ三節ずつ、一番長い章である第2章雌牛章は286節に分かれ、全巻を通しての節数は6236節です。全ての章がマッカ啓示・マディーナ啓示に分類されています。ただし全てが一時に啓示されたわけではなく、長い章など順序も相前後して数節ずつ啓示されたので、一つの章の中でマッカ啓示とマディーナ啓示とが混ざっているものもありますが、その場合、分量の多い方に分類されます。これらの分類や順序はすべてアッラーの啓示に基づいており、預言者(彼に平安あれ)やその他の人の考えで並べたわけではありません。また、その他にも、読誦しやすくするためにクルアーンをおおよそ同じ長さに30等分する分け方もあり、その30分の1をジュズと呼びます。それで1日に一ジュズ読めば、1ヶ月で全クルアーンを読了することになります。

 クルアーンを読むときは、身を清め、「アウーズビッラーヒ、ミナッシャイターニ、ラジーム(呪うべき悪魔からのアッラーの守護を願う)」「ビスミッラーヒ、ラフマーニ、ラヒーム(慈悲あまねく慈悲深きアッラーの御名において)」を唱えて始めます。読誦には集中し、延ばすべき個所では延ばし、止まるべき個所では止まって、ゆっくりと美しい声で読むべきです。一時にたくさん読むよりも、毎日決めた分量を読む方が良いです。

クルアーンからの抜粋

言え、「かれはアッラー、唯一なるお方であられる。
アッラーは、自存され、
お産みなさらないし、お産れになられたのではない、
かれに比べ得る、何ものもない。」
(クルアーン第112章1~4節)

それこそは、疑いの余地のない啓典である。その中には、主を畏れる者たちへの導きがある。(クルアーン第2章2節)

アッラー、かれの外に神はなく、永生に自存されるお方。
仮眠も熟睡も、かれをとらえることは出来ない。
天にあり地にある凡てのものは、かれの有である。
かれの許しなくして、誰がかれの御許で執り成すことが出来ようか。
かれは、(人びとの)以前のことも以後のことをも知っておられる。
かれの御意にかなったことの外、かれらはかれの御知識について、何も会得するところはないのである。
かれの玉座は、凡ての天と地を覆って広がり、この二つを守って、疲れも覚えられない。
かれは至高にして至大であられる。
(クルアーン第2章255節)

かれが泥からあなたを創られたのは、かれの印の一つである。
見るがいい。やがてあなた方人間は(繁殖して地上に)散らばった。
またかれが、あなた方自身から、あなた方のために配偶を創られたのは、かれの印の一つである。
あなた方は彼女らによって安らぎを得るよう(取り計らわれ)、あなた方の間に愛と情けの念を植え付けられる。
本当にその中には、考え深い者に対する印がある。
またかれが諸天と大地を創造され、あなた方の言語と肌色をさまざま異なったものとされているのは、かれの印の一つである。
本当にその中には、知識ある者への印がある。
(クルアーン第30章20~22節)

天にあり地にある凡てのものは、アッラーを讃える。(かれは)至高の王者、神聖にして偉力ならびなく英明であられる。
かれこそは文盲の者の間に、彼らの中から使徒を遣わし、印を読み聞かせて彼らを清め、啓典と英知を教えられたお方である。本当にかれらは、以前は明らかに邪道にあった。
まだ来ていない(預盲者以降の)人びとにも教えを授けられる。かれは偉力ならびなく英明であられる。
これがアッラーの恩恵である。かれの御心にかなう者にこれを与える。
アッラーは、偉大な恩恵の主であられる。
(クルアーン第62章1~4節)
 
人間には、なにものとも呼べない長い時期があったではないか。
本当にわれは、彼を試みるために混合した一滴の精液から人間を創った。
それでわれは聴覚と視覚を彼に授けた。
われは人間に(正しい)道を示した。感謝する者(信じる者)になるか、信じない者になるか、と。
(クルアーン第76章1~3節)

様々な欲望の追及は、人間の目には美しく見える。婦女、息子、莫大な金銀財宝、(血統の正しい)焼き印を押した馬、家畜や田畑。これらは現世の生活の楽しみである。
だがアッラーの御側こそは、最高の安息所である。
(クルアーン第3章14節)  

人間は、その努力したもの以外、何も得ることはできない。
(クルアーン53章39節)

かれこそはあなた方を地上の代理者となされ、
またある者を他よりも高められる御方である。
それは与えたものによって、あなた方を試みられるためである。あなたの主は懲罰する際は極めて速い。
しかし、本当にかれは寛容にして慈悲深くあられる。
(クルアーン第6章165節)

順境においてもまた逆境にあっても(主の贈物を施しに)使う者、
怒りをおさえて人々を寛容する者、
本当にアッラーは善い行いをなす者を愛でられる。
(クルアーン第3章134節)

あなた方信仰する者たちよ。証言するにあたってはアッラーのために公正を堅持しなさい。
たとえあなた方自身のため、または両親や近親のため(に不利な場合)でも、
また富者でも貧者であっても(公正であれ)。
アッラーは(あなた方よりも)、双方にもっと近いのである。
(クルアーン第4章135節)

正しく仕えるということは、あなた方の顔を東または西に向けることではない。
つまり正しく仕えるとは、アッラーと最後の(審判の)日、天使たち、諸啓典と預言者たちを信じ、かれを愛するためにその財産を、近親、孤児、貧者、旅路にある者や物乞いや奴隷の解放のために費やし、礼拝の務めを守り、定めの喜捨を行い、約束したときはその約束を果たし、また困苦と逆境と非常時に際しては、よく耐え忍ぶ者。
これらこそは真実な者であり、またこれらこそ主を畏れる者である。
(クルアーン第2章177節)

慈悲あまねく慈悲深きアッラーのみ名において。
万有の主、アッラーにこそ凡ての称讃あれ、
慈悲あまねく慈悲深きお方、
審判の日の主宰者に。
わたしたちはあなたにのみ崇め仕え、あなたにのみ御助けを請い願う。
わたしたちを正しい道に導きたまえ、
あなたが御恵みを下された人々の道に、
あなたの怒りを受けし者、また踏み迷える人々の道ではなく。
(クルアーン第1章1~7節)

アッラーは誰にも,その能力以上のものを負わせられない。(人びとは)自分の稼いだもので(自分を)益し,その稼いだもので(自分を)損う。「主よ,わたしたちがもし忘れたり,過ちを犯すことがあっても,咎めないで下さい。主よ,わたしたち以前の者に負わされたような重荷を,わたしたちに負わせないで下さい。主よ,わたしたちの力でかなわないものを,担わせないで下さい。わたしたちの罪障を消滅なされ,わたしたちを赦し,わたしたちに慈悲を御くだし下さい。あなたこそわたしたちの愛護者であられます。不信心の徒に対し,わたしたちを御助け下さい。」                            (クルアーン第2章286節)

布教を始めてから23年目に預言者ムハンマド(彼に平安あれ)はマッカへの巡礼を行いました。その期間に以下の啓示が下りました。それは、イスラームが完成すると同時に、ムハンマド(彼に平安あれ)の預言者としての役目が終わり、彼がこの世界を去る日が近づいていることを暗に告げるものでした。この啓示の後、アッラーの命令や宗教の規則に関する啓示は来なくなり、数ヶ月後にムハンマド(彼に平安あれ)はその生涯を終えたのです。

今日われはあなた方のために、あなた方の宗教を完成し、またあなた方に対するわれの恩恵を全うし、あなた方の教えとしてイスラームを選んだのである。
(クルアーン第5章3節

イサーム ガラール